田中悦子「人と作品」

ベルリンに住んで12年目にして20数回を超えるベルリンでの展覧会を開く田中悦子に、もはや過去の経歴は問われない。日本にいて何を考え、どんな絵を描いてきたかを問うドイツ人はもういない。「ベルリンはどうですか?ドイツ語は解りますか?」という挨拶代わりの決まり文句を聞かされることもない。

彼女はもはや遠方から遙々やってきた珍しい芸術家としてではなく、ベルリンの現在を生きて、なおかつ絵画制作の根拠を持つや否や、また自ら制作した絵画がベルリンに生きる人々にとって如何なる意味を持ち得るのか否かを問われるのが当然のベルリンの画家の立場にある。むろん、彼女が日本人であることに変わりはなく、彼女自身、祖国が画家としての前提条件であることを充分に了解しているし、そのことを誇りにしてもいる。もっとも、12年前まではそんな前提条件があることすら想像もしたことがなかったのではあるが、潜在意識としての祖国感は始めからあったはずである。

 

学生時代に度重ねられたインドへの旅やヨーロッパ歴訪はその証しとなる。また幼年時代から異文化としてのカトリック教会に親しみ、「穏やかでおおらかであり、正義感の強い」アメリカ人達との親交があった少女時代から日本人意識は不可避のものであったろう。ベルリンにおける異邦人画家という立場は彼女が自ら決定した自分の運命である。

 

最初の個展で彼女が得たドイツ人からの対応は、遠方からの芸術家に寄せる好意に満ちた共感であった。同世代のドイツ人画家のほとんどが、もはや無視してしまっているイエス・キリストのテーマに寄せる微笑みとも思われた。日本人でしかもクリスチャンでもない画家が、これほどまでの執念を持ってイエスの原像表現に肉迫せんとする姿勢が評価されたものであろう。

しかし、最初の個展から8ヶ月経たあとの第2回個展ではドイツ人特有の批判精神が手ぐすね引いて待ち構えている。個展を前に案内状を受け取ったカトリック教会関係者からは、すでに彼女の汎神論的思考とカトリックの唯一神信仰の差異に関する指摘が届いており、信仰と理性と芸術に関する明確な対応が迫られている。彼女にあって絵画は漠然とした情念の形象化であってはならないのである。

 

東京で自由美術展出品の10年間に彼女が身につけたものは、井上長三郎直伝の「厳格な批判主義」であり、「肉を描かず骨を描く」精神であるが、ベルリンにあってもこれが彼女の最上の武器となることは間違いない。

 

「神を知っていたヨーロッパの偉大さと没落、神を持たなかったアジアの悲惨と興隆」というのが彼女の秘められた世界観である。遙か遠方からやってきた者であるからこそ見い出すことのできるヨーロッパの現実に対して彼女は挑発し挑戦する。

ドイツ人でもなく、フランス人でもなく、イタリア人でもイギリス人でもなかった弱小民族の出であるイエスなる人物の出現と、2000年を越える世界的宗教となったキリスト教の土台となった教会の存在に関し彼女は言葉によってではなく、絵画創造という手段によって、自らの洞察を展開する。めざすところは存在論的究明である。現実に存在するものは何であって、それは正当化され得るのか否かを明らかにすることである。

言い換えれば、ほんとに美しいものは何なのかを呈示することにこそ彼女のやむにやまれる確執がある。

 

幼少の頃にカトリック教会の中で彼女が見いだしたものは、そういう美の一瞬に他ならない。ベルリンの奇妙な美しさと醜さの中で、彼女は月光菩薩のように微笑む。彼女は争わずして争う術を知っている。それが彼女の絵画である。

普遍性は求めて得られるものではない。ベルリンの太陽は東京の太陽とまるで違う。彼女の大作はいずれも十字架のイエスとイエスの死を嘆く人々の現代的呈示である。これがベルリンでの出発点であることを彼女は充分に心得ている。6月になってもベルリンの風は冷たい。この冷たさの中で彼女の絵画は夏の息吹を誘い込んでくれるであろう。    

2010年 ギャラリスト・槇原瑛一

 

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